Linuxに深刻度9.8の欠陥、パスワードなしで乗っ取りも——AnthropicのAIが見つけた「CVE-2026-98432」、サーバー・NAS・ルーターは大丈夫?

コラム

Linuxの心臓部であるカーネルに、深刻度9.8(10点満点)という非常に危険な欠陥が見つかりました。ネットワーク越しに、IDもパスワードもなしでサーバーの最高権限(root)を奪える可能性がある、という内容です。この欠陥を見つけ、実際に乗っ取れることまで確かめたのはAnthropicの社内向けAIでした。修正はLinux本体ではすでに完了していますが、ディストリビューション(Linuxの配布版)によっては対応がまだ途中です。この記事では、何が起きたのか、自分の会社のサーバーやNAS、ルーターは関係あるのか、いま何をすればいいのかを、専門用語をできるだけ使わずに整理します。

何が起きたのか——AnthropicのAIが「見つけて、攻め方まで」示した

問題の欠陥は「CVE-2026-98432」という番号で管理されています。CVEは、世界共通の「脆弱性の背番号」のようなものです。Linuxカーネルの開発チームがこの番号を公表したのは2026年10月15日で、その後、カーネル開発チーム自身が深刻度を最高ランクの「9.8(緊急)」と評価しました。

注目を集めたのは、10月27日(米国時間)にAnthropicのFrontier Red Team(AIの危険な能力を調べる社内チーム)が公開した研究報告です。Anthropicは、一般には公開していない社内研究用のClaudeを使い、Chrome、Safari、Android、Windows、Linuxといった世界中で使われているソフトの重大な欠陥を探しました。報告では5つの攻撃の流れが紹介されていて、そのうちの1つがこのLinuxの欠陥です。

Anthropicによると、最初に人が指示を出したあとは、Claudeが自分で攻撃プログラムを書き上げました。そのプログラムは、特定の通信機能を使っているLinuxサーバーにネットワーク越しに通信を送るだけで、ログイン情報も利用者の操作もなしに、最高権限で好きな命令を実行させるものでした。Anthropicは、この欠陥はすでにLinux本体で修正され、保守が続いている各バージョンにも修正が反映されたと説明しています。日本でもASCII.jpが10月30日に「Linuxに深刻度9.8の脆弱性、認証なしでroot権限奪取 AnthropicのAIが攻撃を実証」と報じました。

どんな欠陥なのか——「返却したはずのロッカー」を使われる

サーバーに通信がつながるときは、お店の受付で「いらっしゃいませ」「予約の○○です」「どうぞ」とやり取りするように、短い挨拶を何往復か交わします。今回の欠陥は、この挨拶を処理するLinuxの「受付係」の部分(IPv4のTCPという、ネットの通信でいちばん基本になる仕組み)にありました。

たとえるなら、コインロッカーです。受付係Aが、お客さんのメモを入れたロッカーを「もう使い終わった」と返却しました。ところが同じお客さんの対応を別の受付係Bが同時に進めていて、Bはまだそのロッカーの中身を読もうとしていた。返却されたロッカーに悪い人が先回りして自分のメモを入れておけば、Bはそれを本物だと思って読んでしまいます。専門用語では「競合状態(レースコンディション)」が原因の「解放後使用(use-after-free)」と呼ばれる種類の欠陥です。

修正の中身は、ロッカーを返却するときに「まだ誰かが読んでいるかもしれないので、少し待ってから片付ける」というルールにそろえたものです。カーネル開発チームによると、この欠陥はLinux 4.4(2016年ごろのバージョン)で入り込み、それ以降のほぼすべてのバージョンに含まれていました。新しい通信方式のIPv6では、主な問題は起きないとされています。

影響を受けるのは誰か——主なLinuxの対応状況

Anthropicが乗っ取りを実証した相手は、「マルチパスTCP(MPTCP)」という機能で通信を待ち受けているサーバーでした。MPTCPは、スマホがWi-Fiとモバイル回線を同時に使うように、1つの通信で複数の道を束ねる機能です。ふだんは自分で有効にしないと使われません。

ただし「MPTCPを使っていないから安心」とは言い切れません。Red Hatは、IPv4のTCP通信を受け付けるシステムはすべて影響を受け、TCP通信を受け付ける初期設定のままのシステムも対象になると説明しています。プログラミング言語Goの開発チームも、欠陥そのものはMPTCPだけの問題ではないので、MPTCPを使っていないシステムも似た手口で狙われるおそれがあると注意しています。さらに、Go 1.24以降で作られたサーバーソフトは、初期設定のままでMPTCPを使って通信を待ち受けます。気づかないうちに「実証された条件」に当てはまっている可能性がある、ということです。

主なディストリビューションの状況は次のとおりです(2026年11月1日時点で各社の公式ページを確認。状況は日々変わるので、必ずリンク先で最新情報を見てください)。

配布元 主な対象バージョン 修正の状況
Linux本体(kernel.org) 4.4以降 修正済み。5.10.272、5.15.223、6.1.190、6.6.159、6.12.113、6.18.56、7.2.10以降で解消
Debian 12(bookworm)、13(trixie)など 修正版を公開済み
Ubuntu 22.04 LTS、24.04 LTS、26.04 LTS、26.10、ほか旧版 影響あり。主要バージョンは修正作業中(10月30日更新時点)
Red Hat Enterprise Linux RHEL 8、9、10、OpenShiftなど 影響あり(最高ランクの「Critical」)。修正を急いで準備中、暫定的な緩和策を案内
SUSE SLES 16.0、15 SP4〜SP7、12 SP5など 一部(16.0、15 SP4〜SP6など)は修正版公開済み、15 SP7は作業中、未提供の版もあり
Amazon Linux、Oracle Linux 各社の案内による 一部で修正版が出ていると報じられている(各社の公式情報で確認を)

なお、深刻度の点数は配布元によって違います。カーネル開発チームとUbuntuは9.8、SUSEとOracleは「攻撃の難しさ」を高めに見て8.1としています。Red Hatは当初中程度と評価していましたが、現在は最高ランクに引き上げています。点数の差よりも、「自分の使っている配布元が修正版を出したかどうか」を見るのが大切です。

攻撃されると何ができてしまうのか

最悪の場合、攻撃者はネットワーク越しにサーバーの「マスターキー」を手に入れます。rootはサーバーで何でもできる管理者権限なので、データの盗み出し、書き換え、消去、ほかのシステムへの足がかり、ランサムウェア(身代金要求型ウイルス)の仕込みまで、何でもありの状態になりかねません。しかも、パスワードの使い回しや社員のうっかりクリックといった「人のすき」がなくても成り立つのが怖いところです。

一方で、落ち着いて見ておきたい点もあります。11月1日時点で、この欠陥が実際の攻撃に悪用されたという確認は公表されていません。BleepingComputerによると、米国の政府機関CISAが管理する「悪用が確認された脆弱性リスト」にも10月28日時点で載っていませんでした。また、Anthropicは攻撃プログラムそのものを公開していません。ただ、修正内容が公開されると、それを手がかりに攻撃方法を探す人が出てくるのがこの世界の常です。「まだ大丈夫」ではなく「いまのうちに」と考えるのが正解です。

いま何をすればいいか——サーバーを管理している人向け

いちばん確実な対策は、カーネルを修正版に更新することです。Goの開発チームも、カーネルの修正がベストの対策だとはっきり書いています。手順はシンプルで、次の流れです。具体的な操作は、必ず各配布元の公式ページの手順に従ってください。

  • 自分のサーバーがどの配布元のどのバージョンか(例:Ubuntu 24.04、RHEL 9)を確認する
  • 上の表のリンクから、その配布元のCVE-2026-98432のページを開き、修正版が出ているかを見る
  • 修正版が出ていれば、ふだんのOSアップデートの方法(配布元が案内する標準の更新機能)でカーネルを更新する
  • 更新後は必ずサーバーを再起動する。カーネルは、いわば建物の基礎なので、入れ替えたあと再起動しないと新しいものに切り替わらない
  • 再起動後、動いているカーネルのバージョンが修正版になったかを、配布元の案内に沿って確かめる

修正版がまだ出ていないRHELなどでは、Red Hatが「特定の付加情報(IPオプション)が付いたIPv4の通信をファイアウォールで受け付けない」という暫定的な緩和策を案内しています。ただしRed Hat自身が「危険を減らせるが防ぎきれるわけではなく、更新の代わりにはならない」と書いています。設定方法はRed Hatの公式ページに載っているので、社内やサーバー管理を任せている業者に確認してから実施してください。Goで作られたサーバーソフトを使っている場合は、Goチームが案内している「MPTCPを無効にする設定」も選択肢ですが、Goチーム自身が「もろい対策」と呼んでおり、あくまでつなぎです。

もう1つの注意点はコンテナ(Dockerなど)です。コンテナは同じ建物の中の「間仕切りされた部屋」のようなもので、基礎であるカーネルは建物全体で共有しています。コンテナの中身を最新にしても、この欠陥は直りません。直すべきは、コンテナを動かしている土台のサーバーのカーネルです。

NAS・ルーター・クラウドは大丈夫?

事務所のNAS(ネットワーク対応のファイル保管庫)、Wi-Fiルーター、防犯カメラの録画機などは、中身がLinuxで動いているものが多くあります。そのため、無関係とは言えません。ただし、どの製品が実際に影響を受けるか、いつ修正版のファームウェア(機器の中のソフト)が出るかについて、11月1日時点で私が確認できた範囲では、主要メーカーの見解は未公表です。

  • NAS・ルーター:メーカーのサポートページやセキュリティ情報で「CVE-2026-98432」を検索し、更新が出たらファームウェアを更新する。自動更新の設定があれば有効にしておく
  • インターネットから直接アクセスできるようにしている機器(NASの外部公開や、ルーターの管理画面など)は、必要がなければ外部公開をやめるだけでも危険が大きく減る
  • サポートが終わった古い機器は修正版が出ない可能性が高いので、買い替えを検討する
  • レンタルサーバー(共用型):OSの管理は事業者側なので、事業者のお知らせを確認する
  • VPSやクラウドの仮想サーバー:OSの更新は利用者の責任なのが一般的。自分で更新するか、保守を任せている業者に対応を確認する

Androidスマホも中身はLinuxカーネルですが、今回の欠陥がAndroidにどう影響するかについて、Googleの見解は確認できた範囲では未公表です。スマホはふだんどおり、セキュリティアップデートが来たら早めに入れておきましょう。WordPressサイトを運営している方は、先日の「PHPに重大な脆弱性「PHP2Shell」——WordPressサイトを持つ中小企業がいま確認すべきこと」もあわせて確認しておくと安心です。

AIが脆弱性を見つけて攻撃まで実証した意味

これまで、Linuxカーネルのような巨大で何度も点検されてきたソフトから、遠隔で乗っ取れる欠陥を見つけ、実際に攻撃が成り立つことまで示すのは、世界でも一握りの専門家が何週間もかけてやる仕事でした。Anthropicの報告は、それをAIが「最初の指示のあとは自分で」こなせる段階に来たことを示しています。しかも見つかった欠陥は、10年近く誰にも気づかれずに残っていたものです。

これは両刃の剣です。守る側にとっては、腕利きの点検員を何人も雇えるようなもので、欠陥を先に見つけて直せます。一方で、同じ力が攻撃者の手に渡れば、修正が公開されてから悪用されるまでの時間はどんどん短くなります。「更新はまとめて月に1回」といった従来のペースでは追いつかなくなるかもしれません。Anthropicも、守る側が自分のコードをAIで点検すること、プログラムの変更のたびに点検することをすすめています。AIを使った攻撃の広がりについては、「サイバー攻撃まとめの続報——ふるさとチョイス、メール配信基盤、AI攻撃ツールまで、中小企業がいま見直すべきこと」でも取り上げています。

Anthropicの「責任ある開示」の進め方

Anthropicは、見つけた欠陥をすぐ世間に公表するのではなく、まず開発元にこっそり知らせる「協調的な脆弱性開示」というやり方をとっています。開発元に90日間の修正期間を渡し、さらにその後45日間は、公式の注意喚起に書かれている以上の詳しい内容を話さない、というルールです。家の鍵の欠陥に気づいたら、まず鍵メーカーに伝えて交換用の鍵を用意してもらい、住人が交換し終わるころまで「どうやって開くか」は話さない、というイメージです。

今回の報告でも、Anthropicは攻撃プログラムそのものや、試したカーネルの細かい条件は公開していません。また、使ったAIは一般には提供していない社内研究用のモデルだと説明しています。あわせて、守る側の専門家向けの審査制プログラムを広げ、条件を満たすセキュリティ担当者が高性能なClaudeを点検に使えるようにしたことも紹介しています。強力な道具を「まず守る側に渡す」という考え方です。

まだ分かっていないこと

  • 実際の攻撃に悪用されたかどうか:11月1日時点で確認は未公表
  • MPTCPを使っていないサーバーが、実証と同じように乗っ取れるかどうか:Anthropicは未公表(GoチームとRed Hatは「影響の可能性あり」との立場)
  • Red HatとUbuntuの主要バージョンの修正版が出る日:未発表
  • NAS・ルーターなど各メーカーの製品への影響と修正予定:確認できた範囲では未公表
  • 日本のJPCERT/CCやJVN(脆弱性対策情報ポータル)での注意喚起:11月1日時点では確認できず
  • 米国の脆弱性データベースNVD自身による深刻度評価:未公表(9.8はカーネル開発チームによる評価)

まとめ

CVE-2026-98432は、Linuxの通信の「受付係」にあった欠陥で、条件がそろえばネットワーク越しにパスワードなしで最高権限を奪われるおそれがあります。Linux本体の修正は済んでいて、DebianやSUSEの一部では修正版が出ています。Red HatやUbuntuは準備中です。Linuxサーバーを持っている会社は、配布元の公式ページで修正版を確認し、出たらすぐ更新して再起動してください。NASやルーターはメーカーの発表をこまめにチェックし、不要な外部公開をやめておきましょう。そして今回の件は、AIが欠陥探しの強力な担い手になったことを示しています。「見つかってから直すまでの速さ」が、これからの安全を左右します。

参考リンク

この記事を書いた人
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毎日20時間以上AIの実践・研究に没頭するITエンジニア。20年以上にわたり、オンラインゲームや生活関連など幅広いジャンルのオウンドメディアで執筆・編集長を歴任。現在は上場企業グループの代表取締役を務め、複数の事業者団体で理事を兼務する経営者でもある。テクノロジーの最前線に身を置きつつ、地域の商店街や神社の運営にも深く携わるなど、地域活性化にも尽力。圧倒的な現場経験とITの専門知識、経営者の視点から、信頼性の高い有益な情報を発信している。
Olive株式会社 代表取締役

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