会議の録音やインタビューを文字にしたいとき、クラウドの文字起こしAPIは便利ですが、分単位の従量課金が積み上がります。一方で、Apple Silicon(M1以降)のMacなら、モデルを一度ダウンロードすれば自分のMacの中だけで無料に文字起こしできる選択肢が増えています。
本稿は、Qwen3-ASR 1.7B・Cohere Transcribe・Whisper large-v3を中心に、Macで使える無料ローカルASRを比較します。クラウド側の料金比較は別稿「文字起こしAPI料金比較」を参照してください。
比較の前提
ここでいう「無料」は、次の意味です。
- モデル自体がオープンなライセンス(Apache 2.0やMITなど)で配布されている、またはOSに標準で含まれる
- 推論(文字起こしの計算)をMacの中で行う。クラウドAPIの従量課金は使わない
- Apple Silicon向けのMLXやCore ML、Metalなどの経路が現実的にある
- 初回だけモデルをダウンロードし、その後はオフラインでも使える
用語を短くすると、ASRは「音声を文字にする技術(Automatic Speech Recognition)」、WERは「単語の誤り率(低いほど正確)」です。英語のOpen ASR Leaderboardで公表されている平均WERは、言語や録音条件が違うため日本語会議の絶対評価ではありませんが、モデル同士の目安にはなります。
主要モデル比較表
英語WER目安は、Cohere Transcribeのモデルカード掲載時点(2026年3月26日)のOfficial English Open ASR Leaderboard平均です。Whisper large-v3は7.44、Qwen3-ASR-1.7Bは5.76、Cohere Transcribeは5.42です。
| モデル | サイズ目安 | 言語 | ライセンス | Macでの主な実行手段 | 英語WER目安 | 日本語向きメモ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| Qwen3-ASR 1.7B | 約1.7B(0.6Bもあり) | 約30言語+中国語方言など計52カテゴリ(日・中・英含む)。言語自動判定あり | Apache 2.0 | mlx-audio / mlx-speech(qwen3-asr) | 5.76 | 日本語・中国語会議向き。タイムスタンプはForcedAligner |
| Cohere Transcribe | 約2B | 14言語(英・日・中・韓など)。言語は事前指定が前提 | Apache 2.0 | mlx-audio / mlx-speech(cohere-asr)、Echo、VoiceThing など | 5.42 | 英語リーダーボード最強帯。無音で幻覚しうる(VAD推奨) |
| Whisper large-v3 | 約1.5B級 | 約99言語。成熟した生態系 | MIT | mlx-whisper、whisper.cpp(Metal)、WhisperKit | 7.44 | 日本語も広く使える定番。アプリ・CLIが豊富 |
| Whisper large-v3-turbo | 軽量化版 | large-v3と同様に多言語 | MIT | mlx-whisper / WhisperKit など | —(速度寄り) | 日中英の速度重視。精度と速さの中間 |
| NVIDIA Parakeet TDT | 小型・高速系 | v2は主に英語、v3は欧州系約25言語 | 各モデルの配布条件に従う | FluidAudio / Core ML、MacParakeet など | — | Apple Siliconで非常に速い。日中はWhisperKit切替が現実的 |
| Apple Speech(内蔵) | OS標準 | システム言語依存(用途は限定的) | OS同梱 | 標準の音声入力・Speechフレームワーク | — | ゼロセットアップの基準線。精度は専用ニューラルASRに劣りがち |
Qwen3-ASR 1.7B の特徴
AlibabaのQwenチームが公開した音声認識モデルです。1.7Bと、より軽い0.6Bがあります。ライセンスはApache 2.0です。約30言語に加え、中国語方言なども含めて52カテゴリを扱い、日本語・中国語・英語をカバーします。言語の自動判定(LID)があり、オフラインとストリーミングの両方、長い音声にも対応します。タイムスタンプが必要なときは、別モデルのForcedAlignerを組み合わせます。
Macでは、mlx-audio向けのmlx-community/Qwen3-ASR-1.7B-bf16(や8bit版)、mlx-speechのqwen3-asr-1.7bなど、コミュニティ経由のMLX実行が現実的です。1.7Bのfp16級だとメモリ目安はおよそ3.4GB、0.6Bはさらに軽いです。公式は中国語ベンチ(例: Fleurs-zh / WenetSpeech)でWhisperに対して強いと主張しています。日本語・中国語が混ざる業務録音では、まず候補に挙げる価値があります。
Cohere Transcribe の特徴
Cohere Labsの専用ASRで、Hugging Face上の識別子はCohereLabs/cohere-transcribe-03-2026です。約20億パラメータ、Apache 2.0。Conformerエンコーダ+Transformerデコーダ構成で、14言語(英語・仏・独・伊・西・葡・ギリシャ・蘭・ポーランド、中国語(普通話)、日本語、韓国語、ベトナム語、アラビア語)に対応します。
英語のOpen ASR Leaderboard平均WERは5.42で、同表のWhisper large-v3(7.44)やQwen3-ASR-1.7B(5.76)より低い数字です。効率(RTFx)も同世代に対して良いとされています。一方、公式の制約として、言語は事前指定が前提で自動言語判定がなく、タイムスタンプや話者分離はありません。無音区間で幻覚(ない言葉を書くこと)が起きうるため、VAD(声の区間検出)と組み合わせるのが推奨です。
Macではmlx-audio、mlx-speechのcohere-asr、Echoアプリ、VoiceThing、MacParakeetのバッチ利用などがあります。一部アプリはHugging Faceのゲート付きライセンス同意と読み取りトークンが必要です。
Whisper large-v3(と turbo)の特徴
OpenAIのWhisper large-v3は、MITライセンスで約99言語に対応する定番です。Macの無料ローカル経路は、mlx-whisper(例: mlx-community/whisper-large-v3-mlx)、whisper.cpp+Metal、アプリ組み込みのWhisperKitなどが充実しています。英語リーダーボード上の平均WERは7.44で、上表ではCohereやQwenより高めですが、ツール・アプリ・チュートリアルの厚みは最大級です。
速度を優先するならlarge-v3-turboがバランス良い選択になりやすいです。日本語・中国語でも「まず動かす」「会議を素早く下書き起こしする」用途に向きます。精度最優先ならlarge-v3本体、または上のQwen/Cohereと比較検証するのが堅実です。
ほかの有力候補(Parakeet・アプリ)
NVIDIA Parakeet TDTは、FluidAudioやCore ML経由でApple Silicon上で非常に速いのが魅力です。v2は英語寄り、v3は欧州系を中心に約25言語です。日本語・中国語が主戦場なら、同じアプリ内でWhisperKitに切り替える運用が現実的です。
Apple Speechはセットアップ不要の基準線です。専用の大規模ASRには精度で劣りがちですが、「今すぐマイク入力が欲しい」場面の入り口になります。
無料で使えるMacアプリの例です(すべてを網羅するリストではありません)。
- MacParakeet — Parakeet+WhisperKit、任意でCohereのバッチ
- Echo — Whisper/Parakeet(日本語経路)/Cohereなど
- VoiceThing — ローカルASRをまとめて扱う系統
- Overwhisper / Purr / TypeWhisper(EnviousWispr) — Whisper系を中心にした実用アプリ
アプリはモデルの入れ替えやUIの差が大きいので、「日本語会議を週に何本起こすか」「英語中心か」「CLIで自動化したいか」で選ぶと迷いにくいです。
用途別の選び方
- 日本語の会議・インタビュー — まずQwen3-ASR 1.7B(または0.6B)とWhisper large-v3/turboを同じ録音で試し比べ。中国語が混ざるならQwenを厚めに
- 英語中心・精度優先 — Cohere Transcribe(言語は英語に固定)。リーダーボード上の英語WERが良い
- 速度優先・大量ファイル — Parakeet(英語・欧州語)またはWhisper large-v3-turbo。日中はWhisperKit/turbo
- 開発者・CLI自動化 — mlx-whisper、mlx-audio、mlx-speech、whisper.cpp。スクリプトからバッチ処理しやすい
- ゼロセットアップ — Apple Speechで足りるか確認し、足りなければ上のローカルモデルへ
クラウドAPIが向くのは、チーム全体で同じ品質を揃えたい、話者分離や高度な要約まで一気通貫したい、社内にGPU/Apple Silicon運用を置きたくない場合です。料金感はAPI料金比較の記事で整理しています。
まとめ
Macの中で無料に文字起こしするなら、いまの三本柱はQwen3-ASR 1.7B(多言語・日中に強い候補)、Cohere Transcribe(英語精度と効率)、Whisper large-v3/turbo(実績とアプリの厚さ)です。速さならParakeet、手軽さならApple Speechも並走させられます。
「無料」はモデルとローカル推論の話であり、初回ダウンロードとApple Silicon前提である点だけ押さえてください。まずは自分の会議録音で2〜3モデルを同じ条件で試し、誤りやすい固有名詞の残り方で決めるのが最短です。
参考リンク
- Qwen3-ASR 1.7B(Hugging Face):Qwen/Qwen3-ASR-1.7B
- Qwen3-ASR GitHub:QwenLM/Qwen3-ASR
- Alibaba Cloud:Qwen3-ASR & ForcedAligner open source
- Cohere Transcribe(Hugging Face):CohereLabs/cohere-transcribe-03-2026
- Cohere公式ブログ:Introducing Cohere Transcribe
- Hugging Face Blog:cohere-transcribe release
- OpenAI Whisper:openai/whisper
- mlx-whisper:ml-explore/mlx-examples(Whisper)
- 当サイト:文字起こしAPI料金比較——日本で使える主要サービス

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